2026.01.26 – 02.01 Place Mにて開催した個展のための文章です。
多型(たけい、また多形、あるいは多形性:英語 polymorphism)とは、生物において、本来同一であるはずのものが不連続的に異なった形態を示すことを指す。たとえば同一種の個体間で形態が異なる場合や、個体の中に複数の同一の器官があって、それらの間に差異がある場合などがある。特に、2通りに分かれる場合が多く、その場合二形(性)という。
多型 – Wikipedia
自然科学には直線的な時間と条件と結果がある。投げられた球は放物曲線を描き壁にぶつかれば跳ね返るし、気圧の谷は雨をもたらすし、月は地球の周りを回り地球は太陽の周りを回る。人文科学においては、目的や意思がある。人は、金儲けのために働いたり、自己表現のために小説を書いたり、つらい出来事を乗り越えるために新たな冒険に挑んだりする。人間の営為には目的因がある。言い換えると、原因が未来の側に存在し、未来が現在を動かすことがある。一見、両者は截然と分離できるように思える。でもぼくたちは世界をそのように捉えてはいない。オタマジャクシは陸にあがる「ために」変態する。それともホルモンと細胞を巡る化学反応の「結果」として足がはえるのだろうか。どちらとも言いうるのだから、捉え方の違いにすぎない、などと考えるのは早計だ。ボトルに部品を詰め込んで振り回しているうちにたまたま船の模型が組み上がる確率と、惑星に生命が誕生する確率、あるいは、ランダムな突然変異から高い木の葉を食べることができるキリンの祖先が選び出される倍率。神秘的な大いなる意思の導きを仮定したくもなる。都市もまた、そのような中間領域で自らを創り出しているのではなかろうか。
ポリモーフィズム(英: polymorphism)とは、それぞれ異なる型に一元アクセスできる共通接点の提供、またはそれぞれ異なる型の多重定義を一括表現できる共通記号の提供を目的にした、型理論またはプログラミング言語理論の概念および実装である。この用語は、有機組織および生物の種は様々な形態と段階を持つという生物学の概念からの借用語である。多態性、多相性と邦訳されることが多い。
ポリモーフィズム – Wikipedia
すべては情報の流れとして記述できる。八百屋に行って、リンゴを六つ、と言うと、店主は6個のリンゴを袋に詰める。おいで、と叫ぶと犬が走ってくる。言語による伝達の例だ。しかし、情報の流れ、という観念を、もっとはるかに拡張して柔軟に適用してみてもよい。ビリヤードボールが別のボールにぶつかりそのボールが転がりだすとき運動エネルギーが伝達されているし、気圧の変化は雲を形成すべき時を水蒸気に教えるし、重力と慣性力の絶え間ない会話が惑星の運行をつかさどっている。甲状腺ホルモンの分泌がオタマジャクシの細胞に足をはやせと伝える。生き物の内部で作動する情報伝達の仕組みは驚くべき精緻なものだ。ところでキリンの首を長くした情報はどこからどのように伝わったのか。限られた回数の突然変異に対して、淘汰圧という情報だけで、進化するには十分だったのだろうか。都市の変化には、個体の成長のような秩序もないし、種の進化のような神秘もない。経済の論理、行政の計画、住人の趣味、行き当たりばったり、スクラップアンドビルド、モバイルとクラウド、それらがあらゆるレイヤーで絡み合いながら情報を交換する。その流れを堰き止め、再接続する。